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いろいろ

結局大井川は今川の全敗に終わりました。
ソロ特攻して敵のソロを捕まえても何も出来ず殺されるしかない
自分にいい加減嫌気が差し、僧兵法も進めてます。(道場目録以外は
それしか残っていませんが) たまには侍や忍者に勝ってみたい。。
次回合戦は色々とソロ技能を研究してみようと思います。
僧だからとあきらめるんじゃなくてね。

#そういう目的を自分で作らないと合戦場に足が向かない。。

狩人、上野屋敷、越中の氷結虎、伊勢の炎天虎などが最近の主な狩場。
とうとう同じレベルになった[彩]さんと徒党を仕切って狩に出かけでいます。
次でまたスロットが増えそうなのでできれば合戦までに僧兵を全皆伝
したいところですが、残り技能は5.5個。自分のペースでは微妙なところです。

[二]の育成が実は進んでいて、戦闘と生産を程よく進める方針でやってます。
辻狩りに参加しながら戦闘技能を覚え、生産では銅の額当てが作れるところまで
進みました。鍛冶屋も楽しい今日この頃。僧と侍がいるというのは鍛冶屋の
育成環境としては非常に良好です。

[織] LV39→41 「気合撃・弐」「護衛」「罰当たり・弐」「防御術極意」を修得
[二] LV13→18 「破砕撃・弐」まで、「棒術応用」まで「武具之書」「防具之書」「兜之書・壱」すべて、
「刀刃之書・壱」の「斧作成・い」まで、修得

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大井川防衛戦I

復興もつかの間、再び徳川軍が大井川に来襲です。仕事が終わって
夜10時過ぎにログインすると既に戦果に差がついており
徳川● 今川○
□●●●|●●○□
●●●●|●●○○
□●●●|○○○□
という厳しい状況。人数も相手が2倍ほどでした。
北条からの援軍の方も多く参加されており
(駿河復興+越後滅亡で侵攻路をうしなっているのに、、有り難い限りです)
今川所属としても奮起せねば!という感じです。

左先の伊丹陣に向かおうとしている7人徒党を見つけ、先頭が走り出した瞬間に
後ろを攻撃、このようにすると大抵は割ることが出来ます。
待っている間に別の人が襲ったり、NPCに襲われたりもしますが、
割ったときはしてやったりと画面の前でニヤニヤしていますw
特攻に参加してその徒党が無事に取り付いているのを確認したときも嬉しいですね。

次々と味方が要害を奪回をし続ける中、対人徒党にお呼びがかかり、
気分転換に暴れまわってきました。最後は敵エース徒党と7対7で戦って敗北。
ここで3時を過ぎていたのでログアウト。

要害を奪回するも最初のリードの挽回までは厳しいようで第1陣は敗北。
しかし木曜(今!)は深夜まで仕事なので参加できません。。今川に栄光あれ

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六角氏討伐記

LV39になった[彩]さんと[織]で近江屋敷へ。
近江屋敷は私は初めてで新鮮でした。
侍侍忍忍巫薬僧の編成で30台中盤の徒党編成。やはり我々がLV39で
一番レベルが高いです。

六角氏門衛は侍型で7体全員が同じレベルで同じ姿。
「7つ子だw」「おそ松はどれだw」などと騒ぎながら狩っていました。
蒲生氏一門は陰陽、目加田氏一門は神職、平井氏一門は僧といった風に
○○一門はある職という越中屋敷と似た構成です。

2徒党のみで空いており、お金は少ないものの経験は3万台で修得は
なかなか稼げる狩場でした。

ボスが空いており、徒党の皆も乗り気なので戦ってみることに。
まずは蒲生賢秀LV37:7体の陰陽型武将。巫女さんが最初に入れず
気合韻の無いままの戦いでしたが武将本人も部下達もそれほど
強くなく(部下達は屋敷内を徘徊しているNPCと同じくらいの強さでした。。)
結局は楽勝に近いくらいでした。残念ながらドロップは無し。

次に後藤賢豊LV37:7体の侍型武将。武将の攻撃がもっと痛いかと
思いましたが4連撃でも侍さんに400程度のダメージでした。
途中巫女さんがやられるも蘇生で挽回。もっと苦戦するかと
思いましたがあっけなく倒すことが出来ました。やはりドロップは無し。

両方とも経験値は4万台とさほど高くないので、武将と言っても
かなり弱い部類になるのでしょうね。合戦に向けて武将戦の練習には
多少なったかな。ここで時間切れで解散。六角義治・義賢の攻略は
またの機会に。

蒲生賢秀(1534-1584)
近江日野城主。六角氏に仕え、織田信長が六角氏を攻略した際は
本拠の観音寺城が落ちた後も抗戦の構えを崩さなかった。息子を
信長に人質に出して織田家に仕えた。この人質が後の蒲生氏郷である。
柴田勝家の与力となって各地を転戦。勝家が越前北ノ庄に移ると
信長の旗本となり、本能寺の変の際には日野城に近い安土城を
守っていた。明智光秀の誘いに応じず信長の親族を日野城に移動させて守り、
秀吉にその行為を誉められた。氏郷に家督を譲って隠居。84年に病死した。

後藤賢豊(?-1563)
六角氏の重臣。同じく重臣の進藤氏と共に「六角両藤」と称された。
六角義賢の部下として内政面で活躍したと言う。六角家中での権勢は
相当なものだったようで1563年、義賢の嫡子の義治は後藤賢豊とその
息子を殺害、後に言う「観音寺騒動」を起こした。これにより六角氏に
従っていた豪族達の信頼が揺らぎ、六角家衰退の一つのきっかけと
なった。

[織] LV39のまま 「成仏撃・弐」を修得

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越中行脚

[彩]さんと[織]で組んで徒党員をあつめ越中へ。
氷雪虎(名前はあいまい^^;)を最初は狩っていましたがぎりぎりの戦いが続く中
回復役の[彩]と[織]が同時に落ちてしまい([織]の家ではよくあるのですが、
[彩]さんの家では初めてだったそうな。。回線安定していていいなぁ)
死者を出してしまいました。申し訳ない。。

場所を変えて屋敷に行くことになりましたが待っている間に「脱走流刑犯」という
非常に戦国時代らしくない(シベリアの監獄から脱走というイメージが強いですね、
越中だと)ネーミングの敵に襲われ、レベルの割に非常に強く全滅。
こんな事故もあり途中から交代参加した侍さんは殆ど経験を稼げずに
怪我待ちばかりさせてしまい申し訳なかったです。ほどなく解散。

まあこんな日もあるということで。越中でいろんな敵と戦えたことは収穫でした。

[花]が買った大金箔に気合付与を付けたら鍛錬が余りました。
基本的に大金箔は使い捨てなのですが、なにかつけるか、
鍛錬余り状態で売りに出して買いなおすか、、迷うところです。

[織]LV39のまま、修得技能なし

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装備の充実を図る♪

2つ目の具足鎧の耐久性が20%台になったのでこれまで
貯めておいたお金をはたいてとうとう大金箔押南蛮具足
を購入しました。防御は64の平均的な品ですが重量が
軽いものです。緑染料を塗ったら金箔とあるゆえか、
緑の色調がちょっと薄いようで、真緑の兜とちょっと合っていません。。

金砕棒も攻撃90位のものを買ってしまい[花]の財政は逼迫。
ただ金砕棒で三連撃が3回ヒットすれば[花]でもかなりのダメージが
与えられることが分かったので腕力0振りの悲しさを今後はそれほど
味わうことはなさそうです。

ちょうど今週はU-23日本代表の試合が3夜あったり、今川会議が
あったりするので生産や採集に充てようかな。。

[花]LV29のまま 「三連撃」、「槍術手習」を修得
[織]LV39のまま 「存命術応用」を修得
[二]LV12→LV13 「武器作成之い」を修得

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